酔古堂剣掃 / 集韻・箕踞白眼して長松の下に坐す
朱明之候,綠陰滿林,科頭散發,箕踞白眼,坐長松下,蕭騷流觴,正是宜人疏散之場。
新字:朱明之候,緑陰満林,科頭散発,箕踞白眼,坐長松下,蕭騷流觴,正是宜人疏散之場。
書き下し
朱明の候、綠陰林に滿つ。科頭散髮、箕踞白眼し、長松の下に坐して、蕭騷として觴を流す、正に是れ人に宜しき疏散の場なり。
現代語訳
夏の季節、緑の木陰が林いっぱいに満ちています。冠もかぶらず髪をほどき、両足を投げ出して座り、世俗を白い目で見て、高い松の下に座って、さわさわと鳴る風の中で杯を流す、これこそ人がくつろぐのにふさわしい場所です。
解説
夏の林での気ままな酒宴を描いた一則です。朱明は夏の別名です。科頭は冠や頭巾をつけないこと、散髪は髪をほどくことで、礼儀にとらわれない姿です。箕踞は両足を前に投げ出して座る無作法な座り方、白眼は晋の阮籍が気に入らない俗人を白い目で見た故事に基づき、世俗を軽んじる態度を言います。蕭騒は風が木々を鳴らす音、流觴は曲がりくねった水に杯を流して詩を詠む遊びです。疏散は、こだわりなくのびのびとくつろぐことです。ふだん礼儀や身なりに気を遣っている人ほど、ときにはすべてを解き放ってくつろぐ時間が必要です。夏の木陰で、心身を緩めるひとときを持ちたいものです。
この章句が説くこと
閑適隠逸自然酒自由
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