酔古堂剣掃 / 集靈・玉磬を敲くこと三聲
萬壑疏風清,兩耳聞世語,急須敲玉磬三聲;九天涼月淨,初心誦其經,勝似撞金鐘百下。
新字:万壑疏風清,両耳聞世語,急須敲玉磬三声;九天涼月浄,初心誦其経,勝似撞金鐘百下。
書き下し
萬壑疏風清し、兩耳世語を聞かば、急ぎ須らく玉磬を敲くこと三聲すべし。九天涼月淨し、初心にして其の經を誦するは、金鐘を撞くこと百下に勝るに似たり。
現代語訳
多くの谷を風がさわやかに吹き抜けるとき、両耳に世間の話が入ってきたら、すぐに玉の磬を三度打ち鳴らして払うべきです。大空に涼しい月が清らかに輝くとき、初心のままに経を唱えるのは、金の鐘を百回撞くのにまさります。
解説
清らかな山寺の情景に託して、心を澄ますことを説いた対句です。萬壑は多くの谷、九天は大空のことです。玉磬は玉や石で作った打楽器で、寺で読経の合図に鳴らします。清風の中で俗な噂話が耳に入ったら、磬の音で洗い流せというのは、許由が位を譲ると聞いて耳を洗った故事を思わせます。後半は、初心で唱える一回の読経が、形だけ鐘を百回撞くより尊いと言います。数や形式より、心のこもり方が大切だという教えです。仕事でも回数をこなすより、初心を忘れずに一つを丁寧に行うことの価値を思い出させてくれます。
この章句が説くこと
仏教初心心境清浄風雅
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