酔古堂剣掃 / 集韻・一拳も便ち是れ名山
峰巒窈窕,一拳便是名山,花竹扶疏,半畝如同金谷。
書き下し
峰巒窈窕たれば、一拳も便ち是れ名山、花竹扶疏たれば、半畝も金谷に如同す。
現代語訳
峰の連なりが奥深く美しければ、握りこぶしほどの石でもそのまま名山であり、花や竹が枝葉を広げて茂っていれば、わずか半畝の庭でも金谷園(晋の石崇の豪奢な庭園)と同じです。
解説
大きさではなく趣が大切だと言う対句です。峰巒は連なる峰々、窈窕は奥深く美しいさまです。一拳は握りこぶしほどの大きさで、庭に置いた小さな石でも、その形に峰々の趣があれば名山に等しいというのです。扶疏は枝葉がほどよく茂り広がるさまで、半畝はごく狭い土地を言います。金谷は西晋の富豪石崇が洛陽郊外に造った豪奢な庭園で、贅沢の代名詞です。小さな庭でも花と竹が生き生きしていれば、その名園に劣らないと言います。広い家や大きな庭がなくても、鉢植え一つ、石一つに大自然を見る心があれば、暮らしは豊かになります。
この章句が説くこと
風雅庭園知足自然見立て
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