酔古堂剣掃 / 集韻・樵牧無ければ佳ならず
山非高峻不佳,不遠城市不佳,不近林木不佳,無流泉不佳,無寺觀不佳,無雲霧不佳,無樵牧不佳。
新字:山非高峻不佳,不遠城市不佳,不近林木不佳,無流泉不佳,無寺観不佳,無雲霧不佳,無樵牧不佳。
書き下し
山は高峻に非ざれば佳ならず、城市に遠からざれば佳ならず、林木に近からざれば佳ならず、流泉無ければ佳ならず、寺觀無ければ佳ならず、雲霧無ければ佳ならず、樵牧無ければ佳ならず。
現代語訳
山は高く険しくなければよくありません。町から遠く離れていなければよくありません。林や木々に近くなければよくありません。流れる泉がなければよくありません。寺や道観がなければよくありません。雲や霧がなければよくありません。きこりや牧童がいなければよくありません。
解説
住むにも遊ぶにもよい山の条件を七つ並べた一則です。高く険しいこと、町から遠いこと、林が近いこと、流れる泉があること、寺や道教の道観があること、雲霧がかかること、そして樵や牧童がいることです。寺観は仏教の寺と道教の道観を合わせた言葉です。最後に人の暮らしの気配を入れているのがおもしろく、まったくの無人の山ではなく、素朴な人々が働く山こそよいと見ています。俗から離れつつも人の温もりは残す、それが中国の文人の理想の山居でした。休日に訪れる場所を選ぶとき、自然の豊かさと人の営みの気配の両方を味わえる場所を探してみたいものです。
この章句が説くこと
山水隠逸自然閑適風雅
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