酔古堂剣掃 / 集韻・酒價は都て買藥の錢と為る
詩題半作逃禪偈,酒價都為買藥錢。
新字:詩題半作逃禅偈,酒価都為買薬銭。
書き下し
詩題は半ば逃禪の偈と作り、酒價は都て買藥の錢と為る。
現代語訳
詩の題の半分は、俗を逃れて禅に遊ぶ偈になってしまい、かつての酒代はすべて薬を買うお金になってしまいました。
解説
年老いた文人の暮らしぶりを、少し自嘲をこめて詠んだ対句です。逃禅は俗世から逃れて禅に心を寄せること、偈は仏の教えを述べる詩句です。若いころは風雅な詩を詠んでいたのに、今は詩の題の半分が禅の悟りめいたものになった、と言います。酒を買っていたお金も、今はすべて薬代に消えるのです。詩と酒は文人の二大楽しみでしたが、その両方が老いとともに姿を変えたというわけです。年齢とともに関心や出費の行き先が変わることを、嘆くのではなく味わいとして受け止める軽みがあります。自分の変化を笑って受け入れられる余裕は、年を重ねる上での大切な知恵でしょう。
この章句が説くこと
老い禅詩酒自省諧謔
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