酔古堂剣掃 / 集韻・瘦影疏にして月を漏らす
瘦影疏而漏月,香陰氣而墮風。
新字:痩影疏而漏月,香陰気而堕風。
書き下し
瘦影は疏にして月を漏らし、香陰は氣ありて風に墮つ。
現代語訳
細くまばらな枝の影は、その隙間から月の光を漏らし、香りを含んだ木陰の気配は、風に乗って舞い落ちてきます。
解説
梅の姿を詠んだと思われる対句です。痩影は細くまばらな枝の影で、宋の林逋が梅を詠んだ「疏影横斜水清浅、暗香浮動月黄昏」の名句以来、梅を詠む定番の言葉になりました。枝がまばらだからこそ月光が漏れ、香りは目に見えないまま風に運ばれてきます。華やかな満開ではなく、細く寂しい姿に美を見いだすのが中国の文人の好みでした。後半は字がやや難しく、陰の気を帯びた香りが風に落ちてくる、と読むのがよいでしょう。欠けや隙間があるからこそ光や香りが通る、という見方は、余白を大切にする暮らしにも通じます。
この章句が説くこと
風雅梅花余白月自然
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