酔古堂剣掃 / 集韻・倦む時は鶴を呼びて舞はしむ
倦時呼鶴舞,醉後倩僧扶。
新字:倦時呼鶴舞,酔後倩僧扶。
書き下し
倦む時は鶴を呼びて舞はしめ、醉ひて後は僧を倩ひて扶けしむ。
現代語訳
疲れて飽きたときには鶴を呼んで舞わせ、酔ったあとは僧に頼んで体を支えてもらいます。
解説
隠者の気ままな暮らしぶりを描いた対句です。鶴は仙人や高士の友とされ、庭に鶴を飼うのは風雅な暮らしの象徴でした。宋の林逋が梅を妻とし鶴を子とした話はよく知られています。僧に支えてもらうというのは、山寺の僧と親しく行き来する間柄を思わせます。俗世の友ではなく、鶴や僧を相手に日々を過ごす、そのゆったりとした自由さが句の味わいです。疲れたとき、酔ったときに誰が傍らにいるかは、その人の暮らしを映します。気を張らずに頼れる相手、ただ一緒にいて心が和む存在を大切にしたいものです。
この章句が説くこと
閑適隠逸交友風雅鶴
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