酔古堂剣掃 / 集韻・酒は境に因りて多し
情因年少,酒因境多。
書き下し
情は年の少きに因り、酒は境に因りて多し。
現代語訳
情が深く動くのは年が若いからであり、酒の量が多くなるのはその場の境地によるものです。
解説
情と酒の由来を短く言い当てた一句です。若いころは物事に心が動きやすく、恋や友情に熱くなるのは年の若さのためだといいます。酒がすすむのも、酒そのもののせいではなく、そのときの景色や気分、共にいる人といった境のためだというのです。わずか十字ですが、人の感情は置かれた状況に左右されるという観察が込められています。自分の気持ちの高ぶりや沈みを、年齢や環境のせいとして一歩引いて眺めると、振り回されにくくなります。つい飲みすぎた夜も、何が酒をすすめたのかを振り返ると、節度の手がかりになるでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
情酒節制自省境遇
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李衛公問対・卷下然り而して田単燕の囲む所と為る。単一人に命じて神と為し、拝して之を祠る。神言ふ、『燕破るべし』と。単是に於いて火牛を以て出でて燕を撃ち、大いに之を破る。此れ是れ兵家の詭道なり。天官・時日も亦猶ほ此のごとし。」太宗曰く、「田単は神怪に託して燕を破り、太公は蓍亀を焚きて紂を滅ぼす。二事相反す、何ぞや。」靖曰く、「其の機は一なり。或いは逆らひて之を取り、或いは順ひて之を行ふ是れなり。昔太公武王を佐け、牧野に至り、雷雨に遇ひ、旗鼓毀折す。散宜生卜して吉にして後に行かんと欲す。此れ則ち軍中の疑懼に因りて、必ず卜を仮りて以て神に問ふなり。太公以為(おもへ)らく腐草枯骨問ふに足る無しと。且つ臣を以て君を伐つ、豈に再びすべけんや。然れども散宜生の機を前に発し、太公の機を後に成すを観るに、逆順異なると雖も、其の理致は則ち同じ。臣前に所謂術数廃すべからずとは、蓋し其の機を未だ萌さざるに存するなり。其の成功に及んでは、人事に在るのみ。」太宗曰く、「当今の将帥は、唯だ李勣・道宗・薛万徹のみ。道宗の親属を以てするを除くの外、孰か大用に堪へん。」靖曰く、「陛下嘗て言ふ、勣・道宗の兵を用ふるは、大いに勝たず亦大いに敗れず、万徹は若し大いに勝たずんば即ち須(すべから)く大いに敗るべしと。臣愚かにも聖言を思ふに、大勝を求めず亦大敗せざる者は、節制の兵なり。或いは大いに勝ち或いは大いに敗るる者は、幸ひにして功を成す者なり。故に孫武云ふ、