酔古堂剣掃 / 集韻・校書を女史に求む
求校書於女史,論慷慨於青摟。
書き下し
校書を女史に求め、慷慨を青摟に論ず。
現代語訳
書物の校正を、学識ある女性に頼み、世を憂える熱い思いを、妓楼で論じ合います。
解説
才気ある女性との交わりを、風雅なものとして描いた対句です。校書は書物の文字の誤りを正す役目のことで、唐の成都の名妓薛濤が詩文にすぐれ、女校書と呼ばれた故事を踏まえています。女史は、ここでは学識のある女性のことです。後の句の慷慨は、世の中の不正を憤り嘆くことで、青摟は青樓、すなわち妓楼の誤りとみられます。明末の文人たちは、詩文や音楽に通じた妓女たちと交わり、ともに詩を作ったり時事を論じたりすることを風雅の一つとしていました。学問や議論の相手を身分や立場で限らず、才能のある人と対等に語り合うという姿勢は、今の時代にも通じるものがあるでしょう。
この章句が説くこと
風雅交友才能学問人情
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