酔古堂剣掃 / 集韻・名づけて清泉白石と曰ふ
雲林性嗜茶,在惠山中,用核桃、松子肉和白糖,成小塊,如石子,置茶中,出以啖客,名曰清泉白石。
新字:雲林性嗜茶,在恵山中,用核桃、松子肉和白糖,成小塊,如石子,置茶中,出以啖客,名曰清泉白石。
書き下し
雲林性茶を嗜む、惠山の中に在りて、核桃、松子の肉を用ひ白糖に和して、小塊を成すこと、石子の如くし、茶中に置き、出して以て客に啖はしむ、名づけて清泉白石と曰ふ。
現代語訳
雲林(元の倪瓚)は生まれつき茶を好みました。恵山にいたとき、くるみと松の実の中身を白砂糖と混ぜて、小さな塊を作り、それを小石のような形にして茶の中に入れ、客に出して食べさせました。これを名づけて清泉白石と言いました。
解説
元末の画家倪瓚の、茶にまつわる風雅な逸話を伝えた一則です。倪瓚は雲林と号し、元末四大家の一人に数えられる画家で、極度の潔癖と高雅な趣味で知られました。惠山は無錫にある山で、そこから湧く泉は天下第二泉と称えられ、茶を淹れる名水として名高い所です。くるみと松の実を砂糖で固めて小石のような菓子を作り、それを茶の中に沈めて、清い泉の中の白い石に見立てたのです。茶と菓子を一つの景色として楽しむ、遊び心あふれる工夫です。もてなしに名前をつけて一つの作品のように仕立てる発想は、日本の茶の湯の菓子の銘にも通じるものがあるでしょう。
この章句が説くこと
風雅茶もてなし逸話工夫
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