酔古堂剣掃 / 集韻・鶴陣以て兵を善くすべし
雞壇可以益學,鶴陣可以善兵。
新字:鶏壇可以益学,鶴陣可以善兵。
書き下し
雞壇以て學を益すべく、鶴陣以て兵を善くすべし。
現代語訳
鶏を供えて友と誓いを結ぶ壇は、学問を深めるのに役立ち、鶴の列の並び方は、兵法を上達させるのに役立ちます。
解説
一見学問や兵法と関係のなさそうなものから、学ぶことができるという対句です。雞壇は、昔の越の地方で、土の壇を築き鶏を供えて友との誓いを結んだという風習に由来する言葉で、友との固い交わりを指すとみられます。よい友との交わりが学問を助けるというのは、論語の、文を以て友を会し、友を以て仁を輔く、にも通じる考え方です。鶴陣は、鶴が列をなして飛んだり並んだりする姿のことで、その整った隊列から陣形を学べるというのです。句の意味には取りにくいところもありますが、身近な交わりや自然の観察の中に、学問や兵法の手がかりがあるという見方が読み取れます。学びの種は、机の上だけにあるのではないのでしょう。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
学問交友兵法観察自然
関連する章句
-
言志四録・言志録 第五十七条 何事か学に非ざらん草木を培植して、以て元気機緘の妙を観る。何事か学に非ざらん。
-
言志四録・言志晩録 第八十八条 武技を観るも亦学余好んで武技を演ずるを観る。之を観るに目を以てせずして心を以てす。必ず先づ呼吸を収めて、以て渠が呼吸を邀ふ。勝敗を問はずして、其の順逆を視る。甚だ適なり。此れも亦是れ学なり。
-
『幽夢影』巻下・告子の甘食悅色を性と爲す孩提の童は、一も知る所無し。目は美惡を辨ずる能はず、耳は淸濁を判ずる能はず、鼻は香臭を別つ能はず。味の甘苦の若きに至りては、則ち第に之を知るのみならず、且つ之を能くし之を棄つ。告子の甘食・悅色を以て性と爲すは、殆ど此の類を指すのみ。
-
『学則』答屈景山書不佞其の是くの若きを懲り、凡そ師友の素有るに非ずして来たりて相問難する者に値ふ毎に、一切対を置かず。是れ不佞の常なり。不佞往歳蘐園随筆を作る。其の時、識見未だ定まらず、争心未だ消えず。然れども随筆の作は、自ら書して以て自ら翫び、聊か以て間を消すのみにして、初めより以て人に示すに非ざるなり。独り奈んせん、誤りて剞劂の手に堕ち、遂に諸を海内に公にす。海内の諸君子、因りて不佞を弁を好む者と謂ふ。不佞の心に非ざるなり。今来喩を観るに、亦た対を置かざるの例に在り。然りと雖も、足下既に争心無きを以て告げられ、而して君家の先生は乃ち不佞が髫年の時より私心に郷往する所なれば、則ち何ぞ必ずしも恝然たらんや。亦た唯人心の面の如き、不佞豈に能く諸を足下に喩さんや。但だ不佞の李王を取る所以の故を言ひて以て来意に酬いん。其の取舍の如きは、乃ち足下に在り。唯足下之を択べ。
-
『慎思録』巻之五好んで道学の名を立て、辺幅を修め色荘を務め、美誉を貪り掠むる者は、真知実行に志無し。此れ論ずるに足らずと為す。実に斯の学に志有りと雖も、復た但だ専ら文義を治め典籍に耽りて、終身義理に通暁すること能はざる者は、自ら以て道学を好むと為すと雖も、便ち是れ訓詁の学のみ。且つ曲士の如きは、道を信ずと雖も、然れども拘泥して理に達すること能はず。此れ皆君子の学と為すに足らざるなり。曲士とは是れ偏僻にして理に達せざる者なり。
-
『講孟余話』附尾 讀保建大記一條跋。講孟劄記成る。因りて復た瀏覧すること一周、遂に名を講孟余話と改む。蓋し劄は鍼刺なり。凡そ其の記す所、精義を発し、文藻を摛ぶること、鍼の膚を刺して鮮血迸り出づるが如く、鍼の衣を刺して彩線絺繍するが如くにして、而る後以て称名と為すに足るのみ。而して余の此の著、豈に其れ然らんや。余の獄に在るや、囚徒胥ひ居り、其の已に家に帰るや、親戚盍簪す。時に乃ち孟子を把りて之れを講ず。其の訓詁を精しくするに非ず、其の文字を喜ぶに非ず、唯だ其の一憂一楽、一喜一怒、尽く諸を孟子に寓するのみ。故に其の喜楽に当りてや、孟子を講じて、復た益々喜楽し、其の憂怒に当りてや、孟子を講じて、復た益々憂怒す。憂怒の抑ふべからず、喜楽の歇むべからず、話に随ひ話に随ひ、稍積みて巻を成す者、即ち此の著なり。然らば則ち是れ特に講孟の余話のみ、何ぞ劄記と為すことを得んや。余已に囚徒親戚と、其の憂楽を同じくし、其の喜怒を共にす、亦已に足れり。而るに又之れを録して巻を成し以て世に問ふ、太だ贅ならずや。且つ此れを持して経学先生に問はんか、経学先生将に其の雑駁麁豪を罵らんとす。此れを持して文章博士に問はんか、文章博士将に其の鄙俚蕪陋を笑はんとす。然らば則ち当今の世、孰れか問ひ孰れか答へんや。噫、是れ吾が余話の録に已む能はざる所以なり。夫れ天下経学文章を以て教へと為す、蓋し亦久しいかな。経学益々明らかに、文章益々美にして、国威日に細く、外夷日に熾んなり。斯の道の道たる所以の者は、果して何くにか在る。則ち天下吾と憂楽を同じくし喜怒を共にする者、亦何ぞ独り一二の囚徒親戚のみならんや。而るに余屏居して世を謝す、世其の人有りと雖も、相従ひて晤言するに由なし。則ち余話の録、吾益々已む能はざるなり。噫、天下の士、其れ何を以て之れを教へん。安政三年、歳丙辰に次る、季夏の日、二十一回猛士藤寅、諸を松陰の囚室に書す。此の編、業を去年六月十三日に起し、今年六月十三日に卒る。中間或は作り或は輟め、居処已に変じ、会する者又異なり、而して正に期月に当りて、方に乃ち編を成す、亦奇ならずや。寅重ねて書す。