酔古堂剣掃 / 集韻・鶴陣以て兵を善くすべし
雞壇可以益學,鶴陣可以善兵。
新字:鶏壇可以益学,鶴陣可以善兵。
書き下し
雞壇以て學を益すべく、鶴陣以て兵を善くすべし。
現代語訳
鶏を供えて友と誓いを結ぶ壇は、学問を深めるのに役立ち、鶴の列の並び方は、兵法を上達させるのに役立ちます。
解説
一見学問や兵法と関係のなさそうなものから、学ぶことができるという対句です。雞壇は、昔の越の地方で、土の壇を築き鶏を供えて友との誓いを結んだという風習に由来する言葉で、友との固い交わりを指すとみられます。よい友との交わりが学問を助けるというのは、論語の、文を以て友を会し、友を以て仁を輔く、にも通じる考え方です。鶴陣は、鶴が列をなして飛んだり並んだりする姿のことで、その整った隊列から陣形を学べるというのです。句の意味には取りにくいところもありますが、身近な交わりや自然の観察の中に、学問や兵法の手がかりがあるという見方が読み取れます。学びの種は、机の上だけにあるのではないのでしょう。
この章句が説くこと
学問交友兵法観察自然
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