酔古堂剣掃 / 集韻・一味に圓融すれば人我の見立たず
多方分別,是非之竇易開;一味圓融,人我之見不立。
新字:多方分別,是非之竇易開;一味円融,人我之見不立。
書き下し
多方に分別すれば、是非の竇開き易く、一味に圓融すれば、人我の見立たず。
現代語訳
あれこれと多方面に区別を立てれば、善し悪しの争いの穴が開きやすくなります。ひたすら円満に溶け合っていれば、他人と自分とを分け隔てる見方は生まれません。
解説
物事を細かく区別することの危うさと、円満に溶け合うことのよさを対比した一則です。分別は、ここでは物事を区別し、善悪や優劣を分けることを言います。竇は穴のことで、区別を立てれば立てるほど、是非をめぐる争いの穴が開きやすくなるというのです。後の句の圓融は、仏教の言葉で、あらゆるものが円満に溶け合って隔てがないことを言います。人我の見は、他人と自分を分け、自分を中心に考える見方のことです。何もかも白黒をつけようとすると争いが生まれ、すべてをありのままに受け入れると、自他の対立も消えていくという教えです。議論が対立しがちな場面こそ、共通点に目を向けることが大切なのでしょう。
この章句が説くこと
処世仏教調和寛容心性
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