酔古堂剣掃 / 集景・一編の殘卷人を療す
山徑幽深,十里長松引路,不倩金張;俗態糾纏,一編殘卷療人,何須盧扁。
新字:山径幽深,十里長松引路,不倩金張;俗態糾纏,一編残巻療人,何須盧扁。
書き下し
山徑幽深にして、十里の長松路を引き、金張を倩はず。 俗態糾纏すれば、一編の殘卷人を療す、何ぞ盧扁を須ひん。
現代語訳
山の小道は奥深く、十里にわたる高い松並木が道案内をしてくれるので、金氏や張氏のような権門に頼んで案内してもらう必要はありません。俗世のわずらわしさがまとわりつくときは、一冊の欠けた古い書物が人を癒してくれます。どうして名医の扁鵲に頼る必要があるでしょうか。
解説
自然と書物が、権力者や名医の代わりになるという一則です。金張は、漢の金日磾と張安世の一族で、代々高官を出した権門の代名詞です。山の奥へ分け入るのに、そうした有力者の口利きはいらず、松並木が自然に道を教えてくれると言います。後半の盧扁は、盧の地に住んだ戦国時代の名医扁鵲のことです。俗世のしがらみにまとわりつかれて心が病んだときは、名医ではなく、一冊の古い書物が癒してくれるというのです。殘卷は、欠けたり傷んだりした古い書物のことで、立派な本でなくてもよいというところに味わいがあります。心が疲れたとき、手元にある一冊の本がどれほど支えになるかを思い出させてくれる一句です。
この章句が説くこと
読書自然隠逸癒し処世
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