酔古堂剣掃 / 集景・秋は山に入りて倍ます清し
山經秋而轉淡,秋入山而倍清。
新字:山経秋而転淡,秋入山而倍清。
書き下し
山は秋を經て轉た淡く、秋は山に入りて倍ます清し。
現代語訳
山は秋を経て、ますます淡い色合いになります。秋は山に入って、いっそう清らかになります。
解説
山と秋が互いを引き立て合う関係を、回文のような対句で言い表した一則です。前の句では山が主語で、秋を経ることで山の色が淡くなっていくと言います。後の句では秋が主語で、秋が山に入ることで秋そのものがいっそう清らかになると言います。山と秋を入れ替えて使うことで、二つが互いに作用し合っていることが鮮やかに伝わります。淡は色が薄くあっさりしていること、清は澄んで清らかなことで、いずれも秋の山の美しさを表す言葉です。人と人との関係も、どちらか一方が相手を引き立てるだけでなく、互いに良さを引き出し合えるとき、もっとも美しいものになるのかもしれません。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自然秋風雅山水調和
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