酔古堂剣掃 / 集景・清く郁林の石を夢む
名從刻竹,源分渭畝之雲;倦以據梧,清夢郁林之石。
新字:名従刻竹,源分渭畝之雲;倦以拠梧,清夢郁林之石。
書き下し
名は竹を刻むに從ひ、源は渭畝の雲より分る。 倦みて以て梧に據り、清く郁林の石を夢む。
現代語訳
名を竹に刻んで残せば、その源は渭水のほとりの千畝の竹林にかかる雲から分かれ出たものです。疲れて梧桐の机にもたれれば、清らかに郁林の石を夢に見ます。
解説
竹と梧桐という文人の愛する植物に、清廉の故事を重ねた対句です。渭畝は、史記の貨殖列伝に、渭川の千畝の竹を持つ者は千戸の領主に等しいとある、渭水流域の広大な竹林を指します。後の句の梧に據るは、荘子に、恵施が梧桐の机にもたれて論じたとある故事を踏まえ、思索に疲れた姿を表しています。郁林の石は、後漢末の陸績が郁林太守の任を終えて帰るとき、私財がなく船が軽すぎたので、石を積んで重しにしたという故事で、清廉な役人の象徴です。句の意味には取りにくいところもありますが、竹と石に託して、清らかな名と清廉な生き方への憧れを語っていると読めます。
この章句が説くこと
清廉風雅竹故事修身
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