酔古堂剣掃 / 集醒・機を知りて機を息む
斑竹半簾,惟我道心清似水;黃梁一枕,任他世事冷如冰。欲住世出世,須知機息機。
新字:斑竹半簾,惟我道心清似水;黄梁一枕,任他世事冷如冰。欲住世出世,須知機息機。
書き下し
斑竹の半簾、惟だ我が道心は清きこと水に似たり。黃梁の一枕、任他あれ世事の冷ややかなること冰の如きを。世に住みて世を出でんと欲せば、須らく機を知りて機を息むべし。
現代語訳
まだら模様の竹のすだれを半ば垂らし、ただ私の道を求める心は水のように清らかです。黄粱の夢の一眠りのように、世の中の出来事が氷のように冷たくても、それはそれでかまいません。世に住みながら世を超え出ようと思うなら、はかりごとを見抜いたうえで、はかりごとをやめなければなりません。
解説
世の中にいながら世俗を超える心構えを、情景とともに述べた一則です。斑竹は湘妃竹とも呼ばれるまだら模様の竹で、そのすだれを半ば垂らした静かな部屋が、清らかな心の象徴になっています。黄粱の一枕は、唐の伝奇『枕中記』の邯鄲の夢で、黄粱が炊き上がる間に一生の栄華を夢見た話です。世の冷たさも、夢の中のことと思えば気にならないというのです。最後の句は、機、つまり人の企みや世の動きを見抜いたうえで、自分の中の機心、はかりごとを息める、止めることが大切だと説きます。世の中の仕組みを知らずに離れるのでも、知って染まるのでもなく、知ったうえで染まらないことが、世に住みつつ世を出る道なのでしょう。
この章句が説くこと
隠逸機心無常道心処世
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