酔古堂剣掃 / 集景・此の景虛しく擲つべからず
萬里澄空,千峰開霽,山色如黛,風氣如秋,濃陰如幕,煙光如縷,笛響如鶴唳,經唄如咿唔,溫言如春絮,冷語如寒冰,此景不應虛擲。
新字:万里澄空,千峰開霽,山色如黛,風気如秋,濃陰如幕,煙光如縷,笛響如鶴唳,経唄如咿唔,温言如春絮,冷語如寒冰,此景不応虚擲。
書き下し
萬里の澄空、千峰開け霽れ、山色は黛の如く、風氣は秋の如く、濃陰は幕の如く、煙光は縷の如く、笛響は鶴唳の如く、經唄は咿唔の如く、溫言は春絮の如く、冷語は寒冰の如し、此の景虛しく擲つべからず。
現代語訳
万里の彼方まで澄みわたった空、無数の峰が晴れて姿を現し、山の色は眉墨のように青く、風は秋のように爽やかで、濃い木陰は幕のようで、もやの光は糸のようで、笛の響きは鶴の鳴き声のようで、読経の声は子どもの本読みのようで、温かい言葉は春の柳の綿のようで、冷ややかな言葉は寒い氷のようです。この景色をむなしく投げ捨ててはなりません。
解説
晴れわたった山の一日を、如くを十回重ねる比喩の連なりで描いた一則です。前半の山色、風氣、濃陰、煙光は、目や肌で感じる景色の比喩です。後半の笛響、經唄、溫言、冷語は、耳に届く音や人の言葉の比喩になっています。黛は眉を描く青黒い墨、咿唔は子どもが本を読む声、春絮は春に舞う柳の綿毛です。景色から人の言葉まで、すべてを一つの情景として受け止めているのが面白いところで、温かい言葉も冷たい言葉も、この日の景色の一部として味わっています。最後の、この景色を空しく捨ててはならないという一句が、全体を締めくくっています。美しい一日は、気づかなければそのまま過ぎていくものなのです。
この章句が説くこと
自然風雅比喩景色一期一会
関連する章句
-
人物志・九徵猶ほ火日の外を照らして、內を見る能はず、金水の內に映じて、外に光る能はざるがごとし。
-
説苑・善說客梁王に謂いて曰く、「惠子の事を言うや譬を善くす。王をして譬うる無からしめば、則ち言うこと能わじ。」王曰く、「諾。」明日見えて惠子に謂いて曰く、「願わくは先生の事を言うは則ち直言せよ、譬うる無かれ。」惠子曰く、「今此こに人有りて彈を知らざるに、『彈の狀は何の若きか』と曰わば、應えて『彈の狀は彈の如し』と曰わば、諭らんか。」王曰く、「未だ諭らざるなり。」「是に於て更に應えて『彈の狀は弓の如くにして竹を以て弦と爲す』と曰わば、則ち知らんか。」王曰く、「知るべし。」惠子曰く、「夫れ說く者は固より其の知る所を以て、其の知らざる所を諭し、人をして之を知らしむ。今王『譬うる無かれ』と曰わば、則ち不可なり。」王曰く、「善し。」
-
戦国策・謂公叔曰乘舟公叔に謂いて曰く、「舟に乘るに、舟漏れて塞がざれば、則ち舟沈まん。漏舟を塞ぎて、陽侯の波を輕んずれば、則ち舟覆らん。今公自ら薛公に辯ずるを以て秦を輕んずるは、是れ漏舟を塞ぎて陽侯の波を輕んずるなり、願わくは公之を察せよ。」
-
『呻吟語』内篇・談道・玄言は道の以て為す無き者譬ふること罕にして喻る者は、至言なり。譬へて喻る者は、微言なり。譬へて喻らざる者は、玄言なり。玄言なる者は、道の以て為す無き者なり。玄言を理會せざるも、其の聖人爲るを害せず。
-
孫子・勢篇故に戦いを善くする者の勢は、円石を千仞の山より転ずるが如きなり。
-
『幽夢影』巻下・蛛は蝶の敵國蛛は蝶の敵國爲り、驢は馬の附庸爲り。