酔古堂剣掃 / 集景・賓主相忘る
家有三畝園,花木郁郁。客來煮茗,談上都貴遊、人間可喜事,或茗寒酒冷,賓主相忘,其居與山谷相望,暇則步草徑相尋。
新字:家有三畝園,花木郁郁。客来煮茗,談上都貴遊、人間可喜事,或茗寒酒冷,賓主相忘,其居与山谷相望,暇則歩草径相尋。
書き下し
家に三畝の園有り、花木郁郁たり。 客來れば茗を煮て、上都の貴遊、人間の喜ぶべき事を談じ、或いは茗寒く酒冷えて、賓主相忘る。 其の居は山谷と相望み、暇あれば則ち草徑を步みて相尋ぬ。
現代語訳
家には三畝ほどの庭があり、花や木が生い茂っています。客が来れば茶を煮て、都の貴人たちの遊びのことや、世の中の喜ばしい出来事を語り合います。ときには茶が冷め、酒も冷めてしまうほど話し込んで、客も主人も互いの立場を忘れてしまいます。住まいは山や谷と向かい合っていて、暇があれば草深い小道を歩いて訪ね合います。
解説
小さな庭のある家での、客との心の通う交わりを描いた一則です。三畝は、それほど広くない庭の広さを言います。客が来れば茶を煮て、都の様子や世の中の楽しい話を語り合い、茶も酒も冷めるほど夢中になります。賓主相忘るは、客と主人という立場の違いを忘れてしまうほど、打ち解けた関係を表しています。最後の山谷は、山と谷と読むのが自然ですが、宋の黄庭堅の号でもあるので、その住まいと向かい合っていたとも読めます。いずれにせよ、暇があれば草の道を歩いて行き来する気軽な付き合いがあったことがうかがえます。時間を忘れて語り合える相手が近くにいることは、何よりの財産でしょう。
この章句が説くこと
交友閑適茶風雅隣人
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