酔古堂剣掃 / 集靈・童を呼びて茶を煮しむれば門に好客臨む
問婦索釀,甕有新芻;呼童煮茶,門臨好客。
新字:問婦索醸,甕有新芻;呼童煮茶,門臨好客。
書き下し
婦に問ひて釀を索むれば、甕に新芻有り、童を呼びて茶を煮しむれば、門に好客臨む。
現代語訳
妻に酒はないかと尋ねると、甕に新しく醸した酒があり、召し使いの子を呼んで茶を煮させていると、ちょうど門によい客がやって来ます。
解説
ささやかな暮らしの中の、ちょうどよい巡り合わせを喜ぶ対句です。釀は醸した酒、新芻は新酒のことです。妻に酒を相談する場面は、蘇軾の後赤壁賦で、客と魚はあるが酒がないので妻に相談すると、とっておきの一斗の酒を出してくれたという話を思わせます。酒が欲しいと思えば新酒があり、茶を沸かせば良い客が来る。大きな幸運ではありませんが、小さな望みがちょうどよく叶う瞬間は、日々の暮らしの喜びそのものです。こうした小さな幸せに気づき、感謝できる人は、毎日を豊かに過ごせます。家族の心遣いにも、改めて目を向けたくなる句です。
この章句が説くこと
閑適家庭交友茶酒
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