酔古堂剣掃 / 集景・千秋の一遇
以江湖相期,煙霞相許;付同心之雅會,托意氣之良遊。或閉戶讀書,累月不出;或登山玩水,竟日忘歸。斯賢達之素交,蓋千秋之一遇。
新字:以江湖相期,煙霞相許;付同心之雅会,托意気之良遊。或閉戸読書,累月不出;或登山玩水,竟日忘帰。斯賢達之素交,蓋千秋之一遇。
書き下し
江湖を以て相期し、煙霞を相許し、同心の雅會に付し、意氣の良遊に托す。 或いは戶を閉ぢて書を讀み、累月出でず。 或いは山に登り水に玩び、竟日歸るを忘る。 斯れ賢達の素交にして、蓋し千秋の一遇なり。
現代語訳
江湖に身を置くことを互いに約束し、霞たなびく山水の暮らしを互いに認め合い、心を同じくする風雅な集まりに身をゆだね、意気投合したよい遊びに思いを託します。あるときは戸を閉ざして書物を読み、何か月も外に出ません。あるときは山に登り水辺に遊んで、一日中帰るのを忘れます。これこそ賢く道理に通じた人どうしの飾らない交わりで、千年に一度の出会いと言うべきものです。
解説
志を同じくする友との交わりのあり方を描いた一則です。江湖と煙霞は、官界から離れた自由な暮らしと、山水の自然を指す言葉です。前半では、そうした生き方を互いに約束し、認め合う友との集まりを描いています。後半では、戸を閉ざして何か月も読書に没頭することもあれば、一日中山水に遊ぶこともあると、静と動の両面を対にしています。素交は、利害や飾りのない、ありのままの交わりです。いつも一緒にいるのではなく、それぞれが自分の時間を大切にしながら、ときに共に遊ぶ関係こそが理想だというのです。そうした友に出会えることを千秋の一遇と言うところに、友情の得がたさへの感謝が込められています。
この章句が説くこと
交友風雅読書隠逸友情
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