酔古堂剣掃 / 集素・事に順へば自然に事無し
隨緣便是遣緣,似舞蝶與飛花共適;順事自然無事,若滿月偕盆水同圓。
新字:随縁便是遣縁,似舞蝶与飛花共適;順事自然無事,若満月偕盆水同円。
書き下し
緣に隨ふは便ち是れ緣を遣るなり、舞蝶の飛花と共に適ふが似し。 事に順へば自然に事無し、滿月の盆水と偕に同じく圓かなるが若し。
現代語訳
めぐり合わせに従うことは、そのまま縁を手放すことです。舞う蝶が散る花とともに心地よく漂うようなものです。物事の流れに逆らわなければ、自然と何事も起こりません。満月が盆の水に映って、ともに丸くなっているようなものです。
解説
縁や物事の流れに逆らわずに生きる心を、二つの美しい喩えで描いた一則です。隨緣と遣緣は、縁に従うことと縁を払いのけることで、一見正反対に見えます。けれども縁に素直に従えば、縁に縛られることもなくなり、結果として縁から自由になるという逆説が示されています。舞う蝶と散る花が風に乗って共に漂う姿は、逆らわない自由の象徴です。後半では、事に順えば事は起こらないと言い、満月と盆の水に映る月が同じように丸いさまにたとえます。無理に状況を変えようとして疲れたときは、流れに乗ることで、かえって道が開けることもあるのでしょう。
この章句が説くこと
随縁自然処世無為心境
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