酔古堂剣掃 / 集素・無孔の笛を吹く
偶向水村江郭,放不繫之舟,還從沙岸草橋,吹無孔之笛。
新字:偶向水村江郭,放不繋之舟,還従沙岸草橋,吹無孔之笛。
書き下し
偶ま水村江郭に向ひて、不繫の舟を放ち、還た沙岸草橋より、無孔の笛を吹く。
現代語訳
たまたま川沿いの村や町のほとりに出かけて、つなぎ留めない舟を流れに放ち、また砂の岸辺や草の橋のあたりから、穴のない笛を吹くのです。
解説
何ものにも縛られない、自由な心の遊びを描いた一則です。不繫の舟は、荘子の列禦寇篇に、つながれていない舟のように漂うとある言葉を踏まえ、とらわれのない心の象徴です。無孔の笛は、穴のない笛という意味で、禅でしばしば用いられる言葉です。実際には鳴らない笛を吹くことは、音にならない音、言葉にならない境地を楽しむことを表しています。偶まという言葉にも、計画や目的を持たずに出かける気ままさがにじみます。予定や成果に追われる毎日から、ときには目的のない散歩に出て、何も生み出さない時間を楽しむことも大切なのでしょう。
この章句が説くこと
隠逸自由閑適禅荘子
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