酔古堂剣掃 / 集素・緣に隨ふ時は西方に佛無し
瓦枕石榻,得趣處下界有仙,木食草衣,隨緣時西方無佛。
新字:瓦枕石榻,得趣処下界有仙,木食草衣,随縁時西方無仏。
書き下し
瓦枕石榻も、趣を得る處は下界に仙有り。 木食草衣も、緣に隨ふ時は西方に佛無し。
現代語訳
瓦の枕に石の寝台という粗末な暮らしでも、そこに楽しみを見いだせれば、この下界にも仙人がいるのです。木の実を食べ草を衣とする暮らしでも、めぐり合わせに身を任せて生きるときには、西方の極楽に仏を求める必要もありません。
解説
粗末な暮らしの中にこそ、仙境や悟りがあると説いた一則です。瓦枕石榻は、瓦を枕にし石を寝台とする質素な住まいです。木食草衣は、木の実を食べ草を編んだ衣を着る修行者の暮らしを指します。前の句は、趣を得ることさえできれば、天上に行かずともこの世に仙人がいると言います。後の句の隨緣は、仏教の言葉で、縁に従い、めぐり合わせを受け入れて生きることです。そうすれば西方浄土に仏を探し求めることもない、という大胆な言い方です。理想の境地をどこか遠くに探すより、今いる場所で楽しみを見つけ、置かれた縁を受け入れるほうが近道なのかもしれません。
この章句が説くこと
清貧知足随縁仏教隠逸
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