酔古堂剣掃 / 集素・琴書を以て益友に代ふ
茅屋三間,木榻一枕,燒高香,啜苦茗,讀數行書,懶倦便高臥松梧之下,或科頭行吟。日常以苦茗代肉食,以松石代珍奇,以琴書代益友,以著述代功業,此亦樂事。
新字:茅屋三間,木榻一枕,焼高香,啜苦茗,読数行書,懶倦便高臥松梧之下,或科頭行吟。日常以苦茗代肉食,以松石代珍奇,以琴書代益友,以著述代功業,此亦楽事。
書き下し
茅屋三間、木榻一枕、高香を燒き、苦茗を啜り、數行の書を讀み、懶倦すれば便ち松梧の下に高臥し、或いは科頭にして行吟す。 日常苦茗を以て肉食に代へ、松石を以て珍奇に代へ、琴書を以て益友に代へ、著述を以て功業に代ふ、此れ亦た樂事なり。
現代語訳
茅ぶきの家が三間、木の寝台に枕が一つ。香を焚き、苦い茶をすすり、書物を数行読み、疲れて気だるくなれば松や青桐の下でゆったりと横になり、あるいは冠も着けずに歩きながら詩を吟じます。ふだんは苦い茶を肉料理の代わりとし、松や石を珍しい宝物の代わりとし、琴と書物を良い友の代わりとし、著述を功業の代わりとします。これもまた楽しいことです。
解説
質素な隠居の一日と、その価値の置き換えを述べた一則です。茅屋三間は茅ぶきの小さな家、木榻は木の寝台です。苦茗は苦い茶、懶倦は気だるく疲れること、科頭は冠を着けず頭をむき出しにすることです。後半の四つの代は、世間が大切にするものを、自分なりの別のものに置き換えるという宣言です。肉の代わりに茶、珍宝の代わりに松と石、友の代わりに琴と書、功業の代わりに著述というわけです。何かを我慢しているのではなく、別の価値を選んでいるのだという積極的な姿勢が感じられます。世間の物差しとは違う自分の物差しを持つと、暮らしはずっと豊かになることを教えてくれます。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
清貧隠逸読書茶価値観
関連する章句
-
『韓非子』詭使第四十五官爵は、民を勧むる所以なり。而るに名義を好みて仕に進まざる者、世之を「烈士」と謂ふ。刑罰は、威を擅にする所以なり。而るに法を軽んじて刑戮死亡の罪を避けざる者、世之を「勇夫」と謂ふ。民の名に急なるや、其の利を求むるより甚だし。此くの如くんば、則ち士の饑餓乏絶する者、焉んぞ巌居苦身して以て名を天下に争ふこと無きを得んや。故に世の治まらざる所以の者は、下の罪に非ず、上其の道を失へばなり。常に其の乱るる所以を貴びて、其の治まる所以を賤しむ、是の故に下の欲する所は、常に上の治を為す所以と相詭ふなり。今下にして其の上に聴くは、上の急とする所なり。而るに惇慤純信にして、心を用ひ言を怯るれば、則ち之を「窶」と謂ふ。法を守ること固く、令を聴くこと審らかなれば、則ち之を「愚」と謂ふ。上を敬ひ罪を畏るれば、則ち之を「怯」と謂ふ。言時節あり、行中適すれば、則ち之を「不肖」と謂ふ。二心私学無く、吏に聴き教へに従ふ者は、則ち之を「陋」と謂ふ。致し難き之を「正」と謂ひ、予へ難き之を「廉」と謂ひ、禁じ難き之を「斉」と謂ひ、令有れども聴従せざる之を「勇」と謂ひ、上に利無き之を「愿」と謂ひ、少欲・寛恵・行徳之を「仁」と謂ひ、重厚自尊之を「長者」と謂ひ、私学群を成す之を「師徒」と謂ひ、閑静安居之を「有思」と謂ひ、仁を損ひ利を逐ふ之を「疾」と謂ひ、険躁佻反覆する之を「智」と謂ひ、先づ人の為にして後に自ら為し、名号を類し、言ひて天下を汎愛する之を「聖」と謂ひ、大本を言ひ、称して用ふべからず、行ひて世に乖く者之を「大人」と謂ひ、爵禄を賤しみ、上に撓まざる者之を「傑」と謂ふ。下漸く行ふこと此くの如くんば、入りては則ち民を乱し、出でては則ち便ならざるなり。上宜しく其の欲を禁じ、其の迹を滅すべし、而るに止めず、又従ひて之を尊ぶ、是れ下に上を乱すを教へて以て治を為すなり。凡そ上の治むる所以の者は、刑罰なり。今私に義を行ふ者有りて尊ばる。社稷の立つ所以の者は、安静なり。而るに躁険讒諛なる者任ぜらる。
-
孫子・始計篇道とは、民をして上と意を同じくし、之と死す可く、之と生く可くして、危きを畏れざらしむるなり。
-
論語・子罕篇子曰わく、三軍の帥を奪うべくも、匹夫の志を奪うべからず。
-
言志四録・言志録 第二百二十条 衆人の幸と君子の幸衆人以て幸と為す者を、君子或いは以て不幸と為す。君子以て幸と為す者を、衆人却って以て不幸と為す。
-
論語・憲問篇子曰く、徳有る者は必ず言有り、言有る者は必ずしも徳有らず。仁者は必ず勇有り、勇者は必ずしも仁有らず。
-
論語・述而篇子曰わく、疏食を飯し、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす。楽もまたその中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。