酔古堂剣掃 / 集素・但だ其の時に順ひ紈綺に在らず
居處寄吾生,但得其地,不在高廣;衣服被吾體,但順其時,不在紈綺;飲食充吾腹,但適其可,不在膏粱;宴樂修吾好,但致其誠,不在浮靡。
新字:居処寄吾生,但得其地,不在高広;衣服被吾体,但順其時,不在紈綺;飲食充吾腹,但適其可,不在膏粱;宴楽修吾好,但致其誠,不在浮靡。
書き下し
居處は吾が生を寄す、但だ其の地を得れば、高廣に在らず。 衣服は吾が體を被ふ、但だ其の時に順へば、紈綺に在らず。 飲食は吾が腹を充たす、但だ其の可に適へば、膏粱に在らず。 宴樂は吾が好を修む、但だ其の誠を致せば、浮靡に在らず。
現代語訳
住まいは私の生を託す所です。ふさわしい土地を得さえすればよく、高く広いことは問題ではありません。衣服は私の体を覆うものです。季節に合っていさえすればよく、上等な絹であることは問題ではありません。飲食は私の腹を満たすものです。ほどよくさえあればよく、脂ののった肉や上等な穀物であることは問題ではありません。宴や楽しみは人との親しみを深めるものです。真心を尽くしさえすればよく、うわべの華やかさは問題ではありません。
解説
住、衣、食、宴という暮らしの四つの柱について、本来の目的を見失わないよう説いた一則です。それぞれ、まず何のためにあるのかを言い、次に満たすべき条件を示し、最後に贅沢は要らないと結ぶ、整った構成です。紈綺は白絹とあや絹で、上等な衣服のことです。膏粱は脂ののった肉と上等な穀物で、美食を指します。好を修むは親しみを深めること、浮靡はうわべだけの華美です。目的に照らして十分であれば、それ以上の贅沢は本質ではないという考えは、今日のもの選びにもそのまま通じます。持ち物や付き合いを見直すときの物差しになる一則です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
清貧節制知足衣食住素朴
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