酔古堂剣掃 / 集素・寂寞を以て悔いを生ぜず
孑然一身,蕭然四壁,有識者當此,雖未免以冷淡成愁,斷不以寂寞生悔。
新字:孑然一身,蕭然四壁,有識者当此,雖未免以冷淡成愁,断不以寂寞生悔。
書き下し
孑然たる一身、蕭然たる四壁、有識者此に當れば、未だ冷淡を以て愁ひを成すを免れずと雖も、斷じて寂寞を以て悔いを生ぜず。
現代語訳
ただ独りの身で、家の中はがらんとして四方の壁があるばかり。見識のある人がこうした境遇に置かれれば、ひっそりとした暮らしに憂いを覚えることはあっても、寂しさのせいでこの生き方を悔やむことは決してありません。
解説
貧しく孤独な境遇における見識ある人の心構えを述べた一則です。孑然は、ただ一人でぽつんといる様子です。蕭然四壁は、家に壁が立っているだけで何もない貧しさを言い、漢の司馬相如の家は四壁が立つのみだったという話が踏まえられています。有識者は、それでも愁いを感じることがあると正直に認めています。しかし寂しさを理由に、自分の選んだ道を後悔することは断じてないと言い切ります。感情としての寂しさと、選択への後悔とをきちんと分けて考えているのです。自分で選んだ道が思いのほか寂しいときも、寂しさと後悔を混同しないことが、心を折らないための知恵なのでしょう。
この章句が説くこと
清貧孤独忍処世見識
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