酔古堂剣掃 / 集素・風雨瀟瀟を聞く
秋冬之交,夜靜獨坐,每聞風雨瀟瀟,既淒然可愁,亦復悠然可喜。至酒醒燈昏之際,尤難為懷。
新字:秋冬之交,夜静独坐,毎聞風雨瀟瀟,既淒然可愁,亦復悠然可喜。至酒醒灯昏之際,尤難為懐。
書き下し
秋冬の交、夜靜かに獨り坐し、每に風雨の瀟瀟たるを聞けば、既に淒然として愁ふべく、亦た復た悠然として喜ぶべし。 酒醒め燈昏きの際に至りては、尤も懷ひを為し難し。
現代語訳
秋から冬へ移るころ、夜の静けさの中に一人座っていて、風雨がさらさらと鳴るのを聞くたびに、もの寂しく悲しくもあり、またゆったりと楽しくもあります。酒の酔いが醒め、灯火が暗くなるころになると、とりわけ胸の思いをどうしてよいかわからなくなります。
解説
季節の変わり目の夜に、一人で雨風の音を聞く心の揺れを描いた一則です。瀟瀟は、風雨がさっと吹きつけ、降りしきる音を表す言葉です。同じ音を聞きながら、淒然とした悲しさと悠然とした楽しさが同時に湧いてくる、という矛盾した感情が正直に書かれています。そして酔いが醒め灯火が暗くなる夜更けには、その思いがいっそう胸に満ちて扱いかねると結びます。一つの感情に割り切れない夜を否定せず、そのまま味わおうとする姿勢がうかがえます。寂しさと安らぎが同居するような夜は、無理に気分を晴らそうとせず、その揺れをじっくり味わうのもよいでしょう。
この章句が説くこと
閑適自然孤独秋感情
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