酔古堂剣掃 / 集素・清流に濯ひて自ら潔くす
坐茂樹以終日,濯清流以自潔。採於山,美可茹;釣於水,鮮可食。
書き下し
茂樹に坐して以て日を終へ、清流に濯ひて以て自ら潔くす。 山に採れば、美にして茹ふべく、水に釣れば、鮮にして食ふべし。
現代語訳
茂った木の下に座って一日を過ごし、清らかな流れで身をすすいで自分を清めます。山で採れば、おいしくて食べられるものがあり、川で釣れば、新鮮で食べられるものがあります。
解説
唐の韓愈が友人李愿の隠棲を送った文、送李愿歸盤谷序の一節を採った一則です。前の対句は、日がな一日木陰に座り、流れで身を清めるという、何にも縛られない時間を描いています。後の対句は、山の幸と川の幸で食が足りることを言い、隠棲の暮らしが自給できるものだと示します。韓愈の文では、この暮らしを、権勢を求めて人にへつらう生き方と対比させて描いています。自分を清めることは、特別な修行ではなく、自然の中で身を洗うような素朴な営みから始まるのです。忙しい週の終わりに、川辺や森を歩くだけでも、心が洗われる感覚を取り戻せるでしょう。
この章句が説くこと
隠逸自然清貧自足修身
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