酔古堂剣掃 / 集素・隱るるも親に違はず
荊扉晝掩,閒庭宴然,行雲流水襟懷;隱不違親,貞不絕俗,太山喬嶽氣象。
新字:荊扉昼掩,閒庭宴然,行雲流水襟懐;隠不違親,貞不絶俗,太山喬嶽気象。
書き下し
荊扉晝も掩ひ、閒庭宴然たるは、行雲流水の襟懷なり。 隱るるも親に違はず、貞なるも俗を絕たざるは、太山喬嶽の氣象なり。
現代語訳
柴の戸を昼間も閉ざし、静かな庭がひっそりと落ち着いているのは、流れる雲や水のように執着のない胸の内です。隠れ住んでも親から離れず、節操を守っても世間との縁を断たないのは、泰山や高い山々のような堂々とした気風です。
解説
隠者のあり方を二つの段階で描き分けた一則です。前半は、戸を閉ざして静かに暮らす、行雲流水のように淡々とした心を描きます。後半の隱不違親、貞不絕俗は、後漢の范滂が郭泰の人柄を評した言葉として知られます。隠れても親を見捨てず、潔白を守っても世を拒まないことは、ただ閉じこもるよりも一段高い境地とされ、泰山のような重みにたとえられています。世間から離れることより、世間の中で節を守ることのほうが難しいのです。自分の信念を持ちながら、家族や周囲との関わりを断たない人こそ、本当に大きな人物なのでしょう。
この章句が説くこと
隠逸孝行処世節操気象
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