呻吟語 / 内篇・應務・成心は見成の心なり
成心者,見成之心也。聖人胸中洞然清虛,無個見成念頭,故曰絕四。今人應事宰物都是成心,縱使聰明照得破,畢竟是意見障。
新字:成心者,見成之心也。聖人胸中洞然清虚,無個見成念頭,故曰絶四。今人応事宰物都是成心,縦使聰明照得破,畢竟是意見障。
書き下し
成心なる者は、見成の心なり。聖人の胸中は洞然清虛にして、個の見成の念頭無し。故に絕四と曰ふ。今人の事に應じ物を宰するは都て是れ成心なり。縱使ひ聰明照らし得て破るも、畢竟是れ意見の障なり。
現代語訳
成心とは、出来合いの心です。聖人の胸の中は空っぽに澄んでいて、出来合いの思いがありません。だから四つを絶つと言います。今の人が事に応じ物を裁くのは、みな出来合いの心によっています。たとえ聡明さで見抜けたとしても、結局は意見という障りです。
解説
あらかじめ出来上がった判断を、成心と呼びます。論語の、孔子は四つを絶ったという一句を引き、聖人には出来合いの心が無いとします。そして厄介なのは、聡明な人ほど見抜いた気になる点です。見抜いた中身も出来合いの枠から出ていない。賢さが障りになるという、前にも出てきた主題の言い換えになっています。賢さが障りになるという、この書に繰り返される主題です。
この章句が説くこと
成心先入観虚心意見障り
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