酔古堂剣掃 / 集素・只だ花開き花謝るに在り
老去自覺萬緣都盡,那管人是人非;春來倘有一事關心,只在花開花謝。
新字:老去自覚万縁都尽,那管人是人非;春来倘有一事関心,只在花開花謝。
書き下し
老い去りて自ら萬緣都て盡くるを覺ゆ、那ぞ人の是人の非を管せん。 春來りて倘し一事の心に關する有らば、只だ花開き花謝るに在り。
現代語訳
年老いて、自分でもあらゆる縁がすっかり尽きたと感じます。どうして人の良し悪しなど気にかけましょう。春が来て、もし一つだけ心にかかることがあるとすれば、それはただ花が咲き花が散ることだけです。
解説
老境に達して、世間の是非から解き放たれた心境を描いた対句です。万縁は世間とのさまざまな縁やしがらみのことです。那管は、どうして構おうかという反語です。人是人非は人の是非、つまり誰が正しく誰が間違っているかという噂や評判です。若い頃は気になって仕方なかった人の評価も、年を重ねるとどうでもよくなります。それに代わって心を占めるのは、花が咲き、花が散るという季節の移ろいだけです。謝は花がしぼみ散ることです。この句は老いの寂しさではなく、余計なものが削ぎ落とされた後の身軽さを感じさせます。年齢にかかわらず、人の是非より花の開落に心を向ける時間を持ちたいものです。
この章句が説くこと
老境閑適花無常処世
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