酔古堂剣掃 / 集素・閒かに落花を掃へば人の懷ひを散ず
林泉之滸,風飄萬點,清露晨流,新桐初引,蕭然無事,閒掃落花,足散人懷。
新字:林泉之滸,風飄万点,清露晨流,新桐初引,蕭然無事,閒掃落花,足散人懐。
書き下し
林泉の滸、風萬點を飄へし、清露晨に流れ、新桐初めて引く。 蕭然として事無く、閒かに落花を掃へば、人の懷ひを散ずるに足る。
現代語訳
林や泉のほとりでは、風が無数の花びらを舞わせ、清らかな露が朝に流れ、新しい青桐の葉がのび始めています。ひっそりとして何の用事もなく、のんびりと散った花を掃いていれば、胸のもやもやを晴らすのに十分です。
解説
春の終わりの朝、林泉のほとりで過ごす静かなひとときを描いた一則です。滸は水辺のこと、風飄万点は唐の杜甫の曲江の詩に、風が無数の花びらを舞わせて人を愁えさせると歌った句を踏まえます。清露晨流、新桐初引は『世説新語』に見える名句で、東晋の王恭が朝の京口で見た、朝露が流れ、青桐が若葉をのばし始めた清々しい景色を言います。蕭然はひっそりと寂しいさま、散懐は胸中の憂いを晴らすことです。散る花は本来愁いを誘うものですが、それを静かに掃くという単純な手仕事の中で、かえって心が晴れていくのです。季節の移ろいを手で感じる作業は、心を整える何よりの方法です。
この章句が説くこと
閑適自然春世説新語掃除
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