酔古堂剣掃 / 集素・硯田大有に登る
硯田登大有,雖千倉珠粟,不輸兩稅之徵,文錦運機杼,縱萬軸龍文,不犯九重之禁。
新字:硯田登大有,雖千倉珠粟,不輸両税之徴,文錦運機杼,縦万軸竜文,不犯九重之禁。
書き下し
硯田大有に登り、千倉の珠粟と雖も、兩稅の徵を輸さず。 文錦機杼を運らし、縱ひ萬軸の龍文なりとも、九重の禁を犯さず。
現代語訳
硯の田が大豊作になり、千の倉を満たすほど玉のような粟が実っても、両税の取り立てを納める必要はありません。文章の錦を機織りのように織り上げ、たとえ万巻の竜の模様を織り出しても、宮中の禁令を犯すことはありません。
解説
文筆の豊かさを、農業と機織りにたとえてたたえた一則です。硯田は硯を田にたとえた言葉で、文章で暮らしを立てることを言います。大有は大豊作で、『易』の卦の名でもあります。珠粟は玉のような粟、両税は唐代に始まった夏と秋の二度の税のことです。いくら豊作でも税がかからないのは、文章の実りが目に見えない心の富だからです。文錦は美しい文章を錦にたとえたもの、機杼は機織りの道具です。竜の模様は本来は皇帝だけに許された文様で、九重の禁は宮中の禁令です。文章の中でなら、どれほど華麗な竜を織り上げても罰せられることはありません。学びや創作の豊かさは、誰にも奪われない自分だけの財産なのです。
この章句が説くこと
文章読書硯田清貧学問
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