酔古堂剣掃 / 集素・真景に向かふ處に景を點ずべからず
只宜於著意處寫意,不可向真景處點景。
新字:只宜於著意処写意,不可向真景処点景。
書き下し
只だ宜しく意を著くる處に於て意を寫すべし、真景に向かふ處に景を點ずべからず。
現代語訳
心を込めるべきところで心を描くのがよいのであって、本物の景色があるところに、わざわざ景色を描き加えてはいけません。
解説
絵画の心得を借りて、表現の急所を述べた一則です。写意は形をそっくり写すのではなく、心や趣を描き出すことで、中国の文人画で重んじられた考え方です。著意は心を注ぐことです。点景は風景画の中に人物や小舟などを添えて描くことです。すでに美しい実景があるところに余計なものを描き加えれば、かえってその美しさを損ないます。表現は、心を込めるべきところに集中してこそ生きるのです。これは絵に限らず、文章や企画、話し方にも通じます。伝えたい核心に力を注ぎ、それ自体で十分なところには手を加えない。何を描き、何を描かないかを見極めることが、表現の質を決めるのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
芸術絵画表現風雅写意
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