酔古堂剣掃 / 集素・天地は皆逆旅なるを知る
知天地皆逆旅,不必更求順境;視眾生皆眷屬,所以轉成冤家。
新字:知天地皆逆旅,不必更求順境;視衆生皆眷属,所以転成冤家。
書き下し
天地は皆逆旅なるを知れば、必ずしも更に順境を求めず。 眾生を視ること皆眷屬とすれば、所以に轉じて冤家と成る。
現代語訳
天地はすべて旅の宿だと知れば、ことさらに順境を求める必要はありません。生きとし生けるものをみな身内と見るからこそ、かえって恨みを抱き合う仇同士になってしまうのです。
解説
世界を宿とみる達観と、人を身内とみる執着の危うさを対比した一則です。逆旅は旅の宿で、唐の李白が春夜宴桃李園序に、天地は万物の逆旅なりと書いたことで知られます。人生そのものが仮の宿りだと知れば、居心地のよい順境ばかりを求めなくなります。後半の眷属は身内、冤家は恨みを抱き合う相手です。誰もを身内と思えば、身内だからこそ期待し、裏切られたと感じて恨みが生まれる、という逆説として読めます。前半とあわせれば、宿の客同士のような淡い距離こそが争いを生まないということでしょう。近しい人との関係がこじれるのは、期待が大きすぎるからかもしれません。
この章句が説くこと
無常執着処世家族逆旅
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