酔古堂剣掃 / 集素・寧ろ味に饒かなるも趣に饒かなること無かれ
人之交友,不出趣味兩字,有以趣勝者,有以味勝者。然寧饒於味,而無饒於趣。
新字:人之交友,不出趣味両字,有以趣勝者,有以味勝者。然寧饒於味,而無饒於趣。
書き下し
人の交友は、趣味の兩字を出でず、趣を以て勝る者有り、味を以て勝る者有り。 然れども寧ろ味に饒かなるも、趣に饒かなること無かれ。
現代語訳
人の交友は、趣と味の二字から外れることはありません。趣がまさっている交わりもあれば、味わいがまさっている交わりもあります。しかし、むしろ味わいに富むほうがよく、趣ばかりが豊かであってはなりません。
解説
友との付き合いを、趣と味という二つの言葉で見分けた一則です。趣は面白さや機知、洒落た楽しさのことで、会ってすぐに楽しいが、表面的になりやすいものです。味は噛みしめるほどに深まる人柄の味わいで、派手さはなくても長く続く交わりを生みます。饒は豊かなことです。作者は、どちらかを選ぶなら味のある交わりのほうがよいと言います。『荘子』山木篇の、君子の交わりは淡きこと水の如しという言葉にも通じる考えです。話が面白い人より、長く付き合うほど良さが分かる人を大切にしたいものです。自分自身も、趣よりも味のある人になれているかを振り返らせてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
交友人柄趣味処世君子
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