酔古堂剣掃 / 集素・思量すべからざる處は是れ何の境ぞ
月夜焚香,古桐三弄,便覺萬慮都忘,妄想盡絕。試看香是何味,煙是何色,穿窗之白是何影,指下之餘是何音,恬然樂之而悠然忘之者,是何趣,不可思量處,是何境?
新字:月夜焚香,古桐三弄,便覚万慮都忘,妄想尽絶。試看香是何味,煙是何色,穿窗之白是何影,指下之余是何音,恬然楽之而悠然忘之者,是何趣,不可思量処,是何境?
書き下し
月夜に香を焚き、古桐三弄すれば、便ち萬慮都て忘れ、妄想盡く絕ゆるを覺ゆ。 試みに看よ、香は是れ何の味ぞ、煙は是れ何の色ぞ、窗を穿つの白は是れ何の影ぞ、指下の餘は是れ何の音ぞ。 恬然として之を樂しみて悠然として之を忘るる者は、是れ何の趣ぞ、思量すべからざる處は、是れ何の境ぞ。
現代語訳
月の夜に香を焚き、古い桐の琴で三たび曲を奏でると、あらゆる思い煩いがすっかり忘れられ、みだりな思いがことごとく絶えるのを感じます。試しに見てごらんなさい。この香はどんな味なのか、煙はどんな色なのか、窓を通って差し込む白い光はどんな影なのか、指の下に残る響きはどんな音なのか。静かに楽しみ、ゆったりと忘れていくこの心持ちは、どんな趣なのか。思いはかることのできないこの所は、どんな境地なのでしょうか。
解説
月夜に香を焚き琴を弾く中で、言葉を超えた境地に至る様子を描いた一則です。古桐は桐の古材で作った琴、三弄は曲を三たび奏でることです。万慮は多くの思い煩い、妄想は仏教でいうみだりな思いです。後半は、何の味、何の色、何の影、何の音と問いを重ねていきます。これは答えを求める問いではなく、香や煙や月光や余韻という、言葉ではとらえきれないものを前にして、ただ味わうしかないことを示しています。恬然は静かで安らかなさま、思量すべからざる処は禅でいう不可思議の境地です。説明しようとした途端に消えてしまう体験があります。それをそのまま味わうことの豊かさを教えてくれます。
この章句が説くこと
禅静寂香琴月
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