酔古堂剣掃 / 集素・見る所空に非ず色に非ず
偶坐蒲團,紙窗上月光漸滿,樹影參差,所見非空非色;此時雖名衲敲門,山童且勿報也。
新字:偶坐蒲団,紙窗上月光漸満,樹影参差,所見非空非色;此時雖名衲敲門,山童且勿報也。
書き下し
偶たま蒲團に坐す、紙窗の上に月光漸く滿ち、樹影參差として、見る所空に非ず色に非ず。 此の時名衲門を敲くと雖も、山童且く報ずること勿かれ。
現代語訳
たまたま座布団に座っていると、紙の窓に月の光がしだいに満ちてきて、木の影が入り交じって揺れ、目に映るものは空でもなく色でもありません。こんなときには、たとえ名高い僧が門を叩いても、山の童よ、しばらく取り次がないでおくれ。
解説
月夜の坐禅の中で訪れた深い静けさを描いた一則です。蒲団は坐禅に用いる丸い座布団、参差は長短が入り交じるさまです。非空非色は、『般若心経』の色即是空を踏まえ、形あるものでも空でもない、言葉にできない境地を言います。紙の窓に映る月光と木の影は、実物でありながら影でもあり、まさにその境地を目に見える形で示しています。名衲は名高い僧です。本来なら喜んで迎えるはずの高僧でさえ、今は取り次がなくてよいと言うところに、この一時の貴さがあります。集中している時間を、どんなに大切な来客からも守る。今日の私たちにも必要な心構えです。
この章句が説くこと
禅静寂月集中閑適
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