酔古堂剣掃 / 集素・葉を編みて幃と成し茵を聚めて褥と為す
步障錦千層,氍毹紫萬疊,何似編葉成幃,聚茵為褥?綠陰流影清入神,香氣氤氳徹人骨,坐來天地一時寬,閒放風流曉清福。
新字:歩障錦千層,氍毹紫万畳,何似編葉成幃,聚茵為褥?緑陰流影清入神,香気氤氳徹人骨,坐来天地一時寛,閒放風流暁清福。
書き下し
步障の錦千層、氍毹の紫萬疊、何ぞ葉を編みて幃と成し、茵を聚めて褥と為すに似かん。 綠陰流影清くして神に入り、香氣氤氳として人の骨に徹す。 坐し來れば天地一時に寬く、閒放風流清福を曉る。
現代語訳
錦の幕を千重に張りめぐらし、紫の毛氈を万枚も重ねたところで、どうして木の葉を編んでとばりとし、草を集めて敷物にするのに及びましょうか。緑の木陰に揺れる影は清らかで心の奥にまでしみ入り、香りはたちこめて骨の髄まで届きます。ここに座っていると天地がいっぺんに広くなったように感じられ、のびのびとした風流の中で、清らかな幸せとは何かが分かります。
解説
贅を尽くした室内の装飾と、自然の中の素朴な座とを比べた一則です。歩障は外からの視線や風を遮る幕で、晋の富豪石崇と王愷が錦の歩障の長さを競い合った話が知られます。氍毹は毛織の敷物です。幃はとばり、茵と褥は敷物のことです。緑陰流影は緑の木陰に揺れる光と影、氤氳は香りや気がたちこめるさまです。閑放は束縛なくのびやかなこと、清福は俗な富貴とは違う清らかな幸福です。どれほど豪華に飾っても、自然の木陰がもたらす清々しさにはかないません。高価なもので空間を満たすより、窓を開けて風と緑を招き入れるほうが、心は広くなるのかもしれません。
この章句が説くこと
清福自然清貧風流閑適
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