酔古堂剣掃 / 集素・飢ゑて乃ち餐を加ふれば菜食も珍味より美し
飢乃加餐,菜食美於珍味;倦然後睡,草蓐勝似重裀。
書き下し
飢ゑて乃ち餐を加ふれば、菜食も珍味より美し。 倦みて然る後に睡れば、草蓐も重裀に勝るに似たり。
現代語訳
腹が空いてから食事をとれば、野菜の料理でも珍味よりおいしく感じられます。疲れてから眠れば、草の敷物でも幾重にも重ねた布団よりまさります。
解説
空腹と疲れこそが最高の味付けであり寝具であると説いた対句です。加餐は食事をとること、菜食は野菜だけの質素な食事です。草蓐は草で編んだ敷物、重裀は何枚も重ねた柔らかい敷き布団のことです。お腹が空いていないのに美食を重ねても、おいしさは感じにくく、体を動かさずに豪華な寝具に横たわっても、よく眠れないものです。反対に、しっかり働いて空腹と疲れを覚えれば、粗末な食事も寝床も最上のものになります。空腹は最上の調味料という言葉にも通じます。満ち足りた暮らしの中でこそ、体を動かし、ほどよく空腹になることが、日々の喜びを取り戻す近道です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
養生清貧飲食休息節制
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