酔古堂剣掃 / 集素・一觴一詠、以て幽情を暢敘するに足る
雖無絲竹管弦之盛,一觴一詠,亦足以暢敘幽情。
新字:雖無糸竹管弦之盛,一觴一詠,亦足以暢敘幽情。
書き下し
絲竹管弦の盛無しと雖も、一觴一詠、亦た以て幽情を暢敘するに足る。
現代語訳
琴や笛などの楽器をにぎやかに奏でる盛大さはなくても、杯を一つ傾けては詩を一首詠むだけで、心の奥の思いを伸びやかに語り尽くすには十分です。
解説
東晋の王羲之が書いた『蘭亭序』の一節です。永和九年、会稽の蘭亭に名士たちが集まって曲水の宴を開いたときの序文で、王羲之の書の最高傑作としても名高いものです。糸竹管弦は弦楽器と管楽器、つまり音楽のことです。一觴一詠は、流れてくる杯を一つ飲み、詩を一首詠むことです。暢叙は伸びやかに述べること、幽情は心の奥にある思いです。派手な演出や豪華な音楽がなくても、自然の中で心の通う仲間と杯を交わし、言葉を交わせば、それで十分に満ち足りるのです。集まりの価値は、仕掛けの大きさではなく、そこで交わされる心の深さで決まることを教えてくれます。
この章句が説くこと
風雅交友王羲之詩酒素朴
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