酔古堂剣掃 / 集素・閒居の趣、快活なること五有り
閒居之趣,快活有五。不與交接,免拜送之禮,一也;終日可觀書鼓琴,二也;睡起隨意,無有拘礙,三也;不聞炎涼囂雜,四也;能課子耕讀,五也。
新字:閒居之趣,快活有五。不与交接,免拝送之礼,一也;終日可観書鼓琴,二也;睡起随意,無有拘礙,三也;不聞炎涼囂雑,四也;能課子耕読,五也。
書き下し
閒居の趣、快活なること五有り。 與に交接せず、拜送の禮を免るる、一なり。 終日書を觀琴を鼓すべき、二なり。 睡り起くること意に隨ひ、拘礙有る無き、三なり。 炎涼囂雜を聞かざる、四なり。 能く子に耕讀を課する、五なり。
現代語訳
閑居の趣には、愉快なことが五つあります。人と交際しないので、出迎えや見送りの礼を免れること、これが一つ目です。一日中書物を読み琴を弾いていられること、これが二つ目です。寝るのも起きるのも気の向くままで、何の束縛もないこと、これが三つ目です。世の人情の熱さ冷たさや騒がしさを耳にしないこと、これが四つ目です。子どもに畑仕事と読書を課すことができること、これが五つ目です。
解説
閑居の楽しみを五か条に数え上げた一則です。交接は人との交際、拝送は客を迎えたり見送ったりする礼です。鼓琴は琴を弾くこと、拘礙は束縛や妨げです。炎涼は勢いのある人には熱く落ち目の人には冷たい人情、囂雑は騒がしく雑多なことです。最後の課子耕読は、子に農耕と読書を課すことで、耕しながら学ぶ耕読は、中国の士大夫の家が理想とした家風でした。四つ目までは自分の気楽さですが、五つ目で子の教育を挙げているところに、ただの隠遁ではない家長としての責任感がのぞきます。自由な時間を、自分の楽しみだけでなく家族の育ちにも使う。閑居の理想像として味わえる一則です。
この章句が説くこと
閑適読書家訓耕読隠逸
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