酔古堂剣掃 / 集素・閒人を以て閒事を做す
清閒之人不可惰其四肢,又須以閒人做閒事:臨古人帖,溫昔年書;拂幾微塵,洗硯宿墨;灌園中花,掃林中葉。覺體少倦,放身匡床上,暫息半晌可也。
新字:清閒之人不可惰其四肢,又須以閒人做閒事:臨古人帖,温昔年書;払幾微塵,洗硯宿墨;灌園中花,掃林中葉。覚体少倦,放身匡床上,暫息半晌可也。
書き下し
清閒の人も其の四肢を惰らすべからず、又須らく閒人を以て閒事を做すべし。 古人の帖を臨し、昔年の書を溫め、幾の微塵を拂ひ、硯の宿墨を洗ひ、園中の花に灌ぎ、林中の葉を掃ふ。 體少しく倦むを覺ゆれば、身を匡床の上に放ち、暫く息ふこと半晌にして可なり。
現代語訳
清らかで閑な暮らしをする人でも、手足を怠けさせてはいけません。そのうえ、閑な人は閑な人にふさわしい仕事をすべきです。古人の法帖を臨書し、昔読んだ書物を読み返し、机の小さな塵を払い、硯に残った古い墨を洗い、庭の花に水をやり、林の落ち葉を掃く。体が少し疲れたと感じたら、四角い寝台の上に身を投げ出して、しばらく休めばよいのです。
解説
閑居していても体を動かし、手仕事を続けよと説いた一則です。清閑は清らかで閑かなこと、四肢は手足です。閑人の閑事とは、世の役には立たないが心を整える小さな仕事のことです。臨帖は手本を見て書を写すこと、宿墨は硯に残った古い墨で、放置すると硯を傷めます。匡床は四角い寝台、半晌はしばらくの間です。閑かな暮らしとは何もしないことではなく、急がない仕事を丁寧に続けることだという考えが示されています。定年後の暮らしや休日の過ごし方にもそのまま生かせる知恵で、小さな手仕事の繰り返しが心身の健やかさを保ってくれます。
この章句が説くこと
閑適勤勉養生書道日課
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