酔古堂剣掃 / 集素・良藥千包も一服の清涼の散に如かず
醇醪百斛,不如一味太和之湯;良藥千包,不如一服清涼之散。
新字:醇醪百斛,不如一味太和之湯;良薬千包,不如一服清涼之散。
書き下し
醇醪百斛も、一味の太和の湯に如かず。 良藥千包も、一服の清涼の散に如かず。
現代語訳
濃い美酒を百石飲むよりも、一杯の太和の湯のほうがまさります。良薬を千包飲むよりも、一服の清涼散のほうがまさります。
解説
心の穏やかさと清らかさこそ最良の薬だと、酒と薬にたとえて述べた対句です。醇醪は味の濃い上等な酒、斛は容量の単位です。太和は陰陽が調和した穏やかな状態で、『易』に見える言葉です。太和の湯は、心を和らげる穏やかな気持ちを湯薬にたとえたものと読めます。散は粉薬のことで、清涼散は心の熱を冷ます薬のように、煩悩や怒りを鎮める清らかな心を言います。どれほど多くの酒や薬に頼っても、心が乱れていては健やかにはなれません。反対に、心の調和さえ保てれば、何よりの養生になります。心身の不調を外のものだけで解決しようとする前に、まず心を整えることを思い出させてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
養生心境清涼調和節制
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