十善法語 / 巻第五・不綺語戒
儒者ノ中。文行忠信ノ教。仁義孝悌ノ設ケ。行フトキハ民ト共ニス。藏ル時ハ其獨ヲ愼ム。孔子ノ堯舜ヲ祖述シ。文武ヲ憲章スル。曾子ノ一ヲ以テ貫ク。孟軻ノ浩然ノ氣ヲ養フ。下ツテ董仲舒劉向カ五行ヲ說。王通カ六經ヲ模スル。宋儒ノ道學性理マテ。其淺深厚薄ハ異ナレトモ。其自ラ守リ自ラ樂ム。絲竹管絃ノ比スヘキ所ナラスシヤ。墨翟カ儉ヲマモル。此道ヲ以テ國ヲ强クシ民ヲ富ス。楊朱カ父ハ唯父ノ道ヲ全シテ子ノ孝ヲ求メス。子ハ唯子ノ道ヲ全シテ父ノ讓ヲ求メス。君ハ唯君ノ道ヲ全フシテ臣ノ忠ヲ求メス。臣ハ唯臣ノ道ヲ全シテ君ノ恩ヲ求メス。此ヲ人事ニ用ヒ。此ヲ政務ニ用ヒテ。其成功ヲ看ルト云コトシヤ。固ヨリ絲竹管絃ノ及プ所ニアラヌシヤ。
新字:儒者ノ中。文行忠信ノ教。仁義孝悌ノ設ケ。行フトキハ民ト共ニス。蔵ル時ハ其独ヲ慎ム。孔子ノ堯舜ヲ祖述シ。文武ヲ憲章スル。曽子ノ一ヲ以テ貫ク。孟軻ノ浩然ノ気ヲ養フ。下ツテ董仲舒劉向カ五行ヲ説。王通カ六経ヲ模スル。宋儒ノ道学性理マテ。其浅深厚薄ハ異ナレトモ。其自ラ守リ自ラ楽ム。糸竹管絃ノ比スヘキ所ナラスシヤ。墨翟カ倹ヲマモル。此道ヲ以テ国ヲ強クシ民ヲ富ス。楊朱カ父ハ唯父ノ道ヲ全シテ子ノ孝ヲ求メス。子ハ唯子ノ道ヲ全シテ父ノ譲ヲ求メス。君ハ唯君ノ道ヲ全フシテ臣ノ忠ヲ求メス。臣ハ唯臣ノ道ヲ全シテ君ノ恩ヲ求メス。此ヲ人事ニ用ヒ。此ヲ政務ニ用ヒテ。其成功ヲ看ルト云コトシヤ。固ヨリ糸竹管絃ノ及プ所ニアラヌシヤ。
書き下し
儒者ノ中。文行忠信ノ教。仁義孝悌ノ設ケ。行フトキハ民ト共ニス。蔵ル時ハ其独ヲ慎ム。孔子ノ堯舜ヲ祖述シ。文武ヲ憲章スル。曽子ノ一ヲ以テ貫ク。孟軻ノ浩然ノ気ヲ養フ。下ツテ董仲舒劉向カ五行ヲ説。王通カ六経ヲ模スル。宋儒ノ道学性理マテ。其浅深厚薄ハ異ナレトモ。其自ラ守リ自ラ楽ム。糸竹管絃ノ比スヘキ所ナラスシヤ。墨翟カ倹ヲマモル。此道ヲ以テ国ヲ强クシ民ヲ富ス。楊朱カ父ハ唯父ノ道ヲ全シテ子ノ孝ヲ求メス。子ハ唯子ノ道ヲ全シテ父ノ譲ヲ求メス。君ハ唯君ノ道ヲ全フシテ臣ノ忠ヲ求メス。臣ハ唯臣ノ道ヲ全シテ君ノ恩ヲ求メス。此ヲ人事ニ用ヒ。此ヲ政務ニ用ヒテ。其成功ヲ看ルト云コトシヤ。固ヨリ糸竹管絃ノ及プ所ニアラヌシヤ。
現代語訳
儒者の中では、文・行・忠・信の教え、仁・義・孝・悌の設けがある。道が行われる時は民とともにし、隠れる時はその独りを慎む。孔子が堯舜を祖述し、文王武王を憲章とした。曾子が一をもって貫いた。孟軻(孟子)が浩然の気を養った。下って董仲舒や劉向が五行を説き、王通が六経を模した。宋儒の道学や性理の学まで、その浅深厚薄は異なるけれども、その自ら守り自ら楽しむところは、糸竹管絃の比べられるところではないのである。墨翟(墨子)が倹約を守った。この道によって国を強くし民を富ませた。楊朱は、父はただ父の道を全うして子の孝を求めず、子はただ子の道を全うして父の譲りを求めない。君はただ君の道を全うして臣の忠を求めず、臣はただ臣の道を全うして君の恩を求めない。これを人事に用い、これを政務に用いて、その成功を見るということである。もとより糸竹管絃の及ぶところではないのである。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒世間ノ中。楊朱墨翟カ儒ヲ非スル。孟軻カ楊墨ヲ非ス。皆ソノ得ル所ヲ是トシ。其学ヒシコトヲ本トス。其人ヨリ云ハ可ナリ。若此十善ノ法ヨリ見ハ。各各長処アリテ其用処障礙ナキシヤ。孝悌仁義ノ道ヲ以テ士大夫ノ子弟ヲ教シムルニハ。孟軻ヲ用ヘシ。国用倹ヲ守リ。財穀ノ出入ヲ慎ミ。封疆ノ守禦ヲナスニハ。墨翟ヲ用フヘシ。孫吳管晏カ類。田文商鞅カ類。陳仲子許行カ類。司馬相如楊雄カ類。程願朱熹カ類モ。皆用ル処ガアルヘキコトシヤ。此各各長処アリテ其用ムナシカラヌ。各各短処アリテ事ニ触テ滞リアルカ。ミナ世間ノアリ通リト云モノシヤ。此アリ通リカ此戒ノ趣シヤ。喩ハ鳥ハ空ニ飛デ。水ニ入ルコトナラス。魚ハ水ニ游テ。陸地ニ上ルコトナラヌ如クシヤ。面白キコトシヤ。
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒今且ク世教ニ比対シテ大道ヲ云ヘシ。有智ノ人我執ヲ離レ。心ヲ平ニシテ看ヨ。嵩明教等ノ説ニ依ニ。前不殺生ハ仁ニ配シ。此不偸盗ヲ義ニ配シ。不邪婬ハ礼ニ配シ。不妄語ハ信ニ配シ。不飲酒ヲ智ニ配ス。此十善ノ中ハ飲酒ヲ制セサル故。今義ニ依テ不邪見ヲ智ニ配スルシヤ。此中不殺生戒ヲ仁ニ配スルモ的当テハナイ。仁ト云ハ支那国上代ノ教テ。今千載ノ後ハ。其字義スラ解シ難イ。或者ハ愛ノ理。心ノ徳ト。ムツカシク説出ス。或者ハ唯愛ナリト心易ク説示ス。又或者ハ王者ノ人民ヲ治ルニ名ヲ得ト云。唐朝ノ韓愈ハ。道ト徳トハ虚シキ位。仁ト義トハ定レル名ト云。戦国ノ時ノ荘周ハ。盗跖モ此仁義ヲ用フルト云。韓非子ナトハ。仁ト義トハ虚文ニテ。名分ノミ正シト云。所詮只書生ノ類カ。唯書物ノ上ニテ。我好ム所ニ随テ色色ニ判断シテ見ルマテノコトシヤ。古今上下。貴賤男女。智愚賢不肖ニ推通シテ。身ニ行ハセ心ニ得サセラルル道テナイ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒如上且ツ糸竹管絃ヲ以テ誠ノ楽ニ比対シテ。其及フ所其及フ所ナラヌト云。元来道ニ高下ナシ。法ハ麁細ヲ絶スルナレハ。此糸竹管絃ヲ棄ヨト云デハナイ。是糸竹管絃モ古ノ聖賢ノ道ヲ寓スル器シヤ。黄帝ノ伶倫ニ命シテ六律六呂ヲ定メシト云。虚誕ニテモアルマシキソ。密教ノ中ニ。嬉鬘歌舞ノ菩薩アル。皆盧舎那ノ妙智印ト云。其跡ヨリ云ハ。総シテ聖賢ヲ除テ外ハ。皆気質ニ偏ナル所アルト云コトシヤ。此偏ヲ解クハ。楽ヲ第一トス。此形アレハ此声アル。此声アレハ此感アル。声韻ノ物ヲ感スルハ。至テ親シキモノシヤ。古ニ雅頌ノ音理リテ民正シク。噪□ノ声興テ士奮ヒ。鄭衛ノ曲動テ心淫ストアル。五声ヲ調テ過不及ノ気質ヲ等クス。宗廟朝廷ノ威儀進退ヲ称ハシメ。上下ノ情ヲ和スル。擴メテ云ハハ。此楽ニ由テ政治ヲ輔佐シ。陰陽五行ヲ調和スルモ。アルベキ理ゾ。孔子モ韶ヲ聞テ三月肉ノ味ヲ知ラストアル。仏法ノ中ニモ。馬鳴菩薩ガ和羅伎ヲ制ス。世人此声韻ニ感シテ苦空無我ヲ覚リ。無漏道ノ因縁ニ成シトアル。此等ニ由テ見レハ。舞楽声韻ノ中ニ。聖賢ノ地位ニモ至ルベキシヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒凡ソ端人君子ノ憂ハ。道ノ行レヌ処ニ在ル。細民小人ノ苦ハ。貧ヲ第一トス。論語ニ飯疏食飲水。曲肱而枕之。楽亦在其中矣ト云。荘子ニ我ハ尾ヲ泥中ニ曳ント云。陶潜ハ今日ハ是ニシテ昨日ハ非ナリシコトヲ覚ユト云。世相ハ千変万化サモアラバアレ。有道ノ士ノ道ヲ以テ楽トスルハ一シヤ。若道ヲ楽マハ。糸竹管絃ノ及フ所ニアラズ。マシテ狂言綺語トハ同日ノ論ニハアラスシヤ。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又一類ノ書生カ論語孟子ヲ読ミ。宋儒性理ノ学ヲ信ス。或時一ノ禅者ニ遇テ。些子ノ消息ヲ聞テ。一省省発スト思フ。其後孟子ノ浩然ノ気。中庸ノ上天ノ載ハ無声無臭ト云。鳶飛テ天ニ戻リ魚淵ニ躍ルト云モ。相応スル様ニ覚エ。論語ノ天何ヲカ言ヤ。四時行ハレ。百物生スト云。曽点カ沂ニ浴シ。舞雩ニ風シテ。詠シテ帰ント云モ。相応スルヤウニ覚エ。聖賢ノ地位モ外ナラヌト思フ。此者カ後ニ先生ト成テ他ヲ導クニ。此妙処ハ仏法モ儒道モ違ハナケレトモ。儒者ニハ身ヲ修シテ家ヲ斉ヘ天下ニ平ニスル道アル。仏法ニハコレ無ニ因テ。唯儒道ノミ全キ道ト。其至テ憐ムヘキコトハ。艸木国土悉皆成仏ト云ヲ聞テ僻解ヲ生シ。禅家ノ三種病ノ則ヲ看テ妄想ヲ長スル類ト云コトシヤ。
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孔子家語・儒行解儒に志を合わせ方を同じくし、道を営み術を同じくし、並び立てば則ち楽しみ、相下るも厭わず有り。久しく別るれば則ち流言を聞くも信ぜず、義同じければ則ち進み、同じからざれば則ち退く。其の交わり此くの如き者有り。夫れ温良なる者は、仁の本なり。慎敬なる者は、仁の地なり。寛裕なる者は、仁の作なり。遜接なる者は、仁の能なり。礼節なる者は、仁の貌なり。言談なる者は、仁の文なり。歌楽なる者は、仁の和なり。分散なる者は、仁の施なり。儒は皆此を兼ねて之を有すれども、猶お且つ敢えて仁と言わず。其の尊譲すること此くの如き者有り。