酔古堂剣掃 / 集素・權幸の門に奔走す
奔走於權幸之門,自視不勝其榮,人竊以為辱;經營於利名之場,操心不勝其苦,己反以為樂。
新字:奔走於権幸之門,自視不勝其栄,人窃以為辱;経営於利名之場,操心不勝其苦,己反以為楽。
書き下し
權幸の門に奔走し、自ら視て其の榮に勝へずとするも、人は竊かに以て辱と為す。 利名の場に經營し、心を操ること其の苦に勝へざるも、己は反つて以て樂と為す。
現代語訳
権力者や寵臣の門に奔走して、自分では光栄でたまらないと思っていても、人はひそかにそれを恥だと見ています。利益と名声の場であくせく立ち回り、気苦労に耐えられないほどなのに、本人はかえってそれを楽しみだと思っています。
解説
自分の評価と世間の評価、本人の感じ方と実態とが食い違う姿を描いた対句です。権幸は権力を持つ者や君主の寵愛を受けた者のことです。その門に出入りして取り入ることを、本人は栄誉と思っていますが、周囲は陰で恥ずべきことだと見ています。後半の経営は、ここではあくせくと立ち回ること、操心は気を揉むことです。名利を追う苦しみの中にいながら、本人はそれを楽しみだと思い込んでいます。どちらも、渦中にいる人には自分の姿が見えないという点で共通しています。ときどき一歩引いて、他人の目で自分の働き方を見てみることが、道を誤らないための助けになります。
この章句が説くこと
名利処世自省権勢栄辱
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