酔古堂剣掃 / 集素・夜來徒らに煩惱多し
若想錢,而錢來,何故不想;若愁米,而米至,人固當愁。曉起依舊貧窮,夜來徒多煩惱。
新字:若想銭,而銭来,何故不想;若愁米,而米至,人固当愁。暁起依旧貧窮,夜来徒多煩悩。
書き下し
若し錢を想ひて、錢來らば、何の故にか想はざらん。 若し米を愁へて、米至らば、人固より當に愁ふべし。 曉に起くれば舊に依りて貧窮、夜來徒らに煩惱多し。
現代語訳
もしお金のことを思えばお金が来るのなら、どうして思わずにいられましょう。もし米のことを心配すれば米が届くのなら、人は当然心配すべきでしょう。けれども朝起きてみれば相変わらず貧しいままで、夜の間はただ無駄に悩みを増やしただけなのです。
解説
心配しても何も変わらないという、ユーモラスで身につまされる一則です。前半は、思えばお金が来る、心配すれば米が届くなら、いくらでも思い悩めばよいと、仮定の形で皮肉を言います。後半で現実に戻り、一晩中悩んでも、朝になれば貧しさはそのまま、残ったのは煩悩だけだと結びます。依旧は相変わらずということです。夜中にあれこれ思い悩んで眠れず、朝になっても何も解決していないという経験は、多くの人にあるでしょう。心配すること自体は何も生み出しません。気がかりがあるなら、悩む時間を減らし、明日できる一つの行動を決めて眠るほうがよいと教えてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
煩悩清貧心配処世行動
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