酔古堂剣掃 / 集素・清事は跡を著くべからず
清事不可著跡。若衣冠必求奇古,器用必求精良,飲食必求異巧,此乃清中之濁,吾以為清事之一蠹。
書き下し
清事は跡を著くべからず。 若し衣冠必ず奇古を求め、器用必ず精良を求め、飲食必ず異巧を求むれば、此れ乃ち清中の濁にして、吾以て清事の一蠹と為す。
現代語訳
清らかな風雅の営みには、わざとらしい跡を残してはいけません。もし衣服や冠は必ず珍しく古風なものを求め、道具は必ず精巧で上等なものを求め、飲食は必ず珍しく手の込んだものを求めるなら、それこそ清らかさの中の濁りであり、私は風雅を損なう一匹の虫だと考えます。
解説
風雅を追い求めるうちに、かえって俗に堕ちる危うさを戒めた一則です。清事は俗を離れた風雅な営み、著跡は作為の跡を残すことです。奇古は珍しく古風なこと、異巧は珍しく技巧を凝らしたものです。蠹は書物や木を食う虫で、内側から害をなすもののたとえです。明末の文人社会では、骨董や茶道具、珍しい食べ物を競って集める風潮がありました。作者は、清らかさを誇示するために物にこだわるなら、それは形を変えた贅沢にすぎないと見抜いています。こだわりの道具や丁寧な暮らしも、人に見せるためになった途端に濁ります。清らかさは、跡を残さないさりげなさの中にあるのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
清雅風雅虚飾節制清貧
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