酔古堂剣掃 / 集素・真を葆つは思ひを少なくするに如くは莫し
葆真莫如少思,寡過莫如省事;善應莫如收心,解謬莫如澹志。
新字:葆真莫如少思,寡過莫如省事;善応莫如収心,解謬莫如澹志。
書き下し
真を葆つは思ひを少なくするに如くは莫く、過ちを寡なくするは事を省くに如くは莫し。 善く應ずるは心を收むるに如くは莫く、謬りを解くは志を澹くするに如くは莫し。
現代語訳
本来の自分を保つには、思い煩いを少なくするのがいちばんです。過ちを少なくするには、事を省くのがいちばんです。物事にうまく応じるには、心を引き締めるのがいちばんです。誤りを解くには、志を淡くするのがいちばんです。
解説
四つの目的と、それを達するための最善の方法を並べた一則です。葆真は本来の真を保つことで、道家の言葉です。思い煩いが多いと、本来の自分が見えなくなります。事を省けば、過ちを犯す機会そのものが減ります。善応は物事にうまく対応すること、収心は散らばった心を引き締めて内に収めることです。澹志は欲や野心を淡くすることで、強すぎる思い込みが誤りのもとになるため、それを薄めれば誤りが解けると言います。いずれも何かを加えるのではなく、減らすことで目的を果たすという発想で貫かれています。やることを増やす前に、何を減らせるかを考えたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
無欲修身省事道家節制
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