酔古堂剣掃 / 集素・俗談に浮白するは耳を洗ふに當つ
王思遠掃客坐留,不若杜門;孫仲益浮白俗談,足當洗耳。
新字:王思遠掃客坐留,不若杜門;孫仲益浮白俗談,足当洗耳。
書き下し
王思遠の客の坐を掃ひて留むるは、門を杜づるに若かず。 孫仲益の俗談に浮白するは、耳を洗ふに當つるに足る。
現代語訳
王思遠(南朝斉の人)は、客が座って帰った後にその座を掃き清めさせましたが、それよりは初めから門を閉ざしてしまうほうがましです。孫仲益(宋の人)は、俗な話を聞くと大杯を飲み干したといいますが、それは耳を洗うことの代わりに十分なります。
解説
俗な客や俗な話への対処法を、二人の古人の逸話で語った対句です。王思遠は南朝斉の官僚で、潔癖な性格から、身なりの汚れた客が帰ると、その座った所を掃き清めさせたと伝えられます。作者は、それなら最初から門を閉ざして会わないほうがよいと言います。孫仲益は宋の文人孫覿の字と思われます。浮白は大杯の酒を飲み干すことです。俗な話を酒で流すのは、許由が堯から天下を譲ると聞かされて耳を川で洗ったという故事の代わりになるというのです。付き合いたくない相手に無理に会って後から不快を拭うより、距離の取り方を初めから考えるほうが賢明なのかもしれません。
この章句が説くこと
交友隠逸清談処世洗耳
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